「えっと…卵が…2つ?3つ?と砂糖の分量…どれ!?えっとそれで……小麦粉が…って読めないよー!!」
台所に置いてあったお菓子の本をパタンと閉じて机に突っ伏す。
「せっかく八戒にお誕生日のケーキ、焼こうと思ったのに…」
チラリと部屋の壁に掛かっている一見タペストリーにも見える妙な柄のカレンダーに赤丸されている日付を見る。
そう…今日は9月21日、八戒のお誕生日。
何時も美味しいご飯を作ってもらってるから、そのお返しにケーキを焼こうと思ったまでは良かった。
微かな記憶を頼りに材料を揃えて、必要な器具も机に出してさぁ取り掛かろうとした所で…細かい分量が分からない事に気付いた。
適当にやれば…とも思ったけど、スポンジケーキはちょっとした分量の違いやオーブンのクセで出来あがりが全然違ってしまう。
いつも美味しいご飯を作ってくれる八戒にそんな行き当たりばったりの怪しい物を食べさせる訳にはいかない。
だから台所に置いてある料理の本の中からお菓子の絵が書いてある本を見つけて、ようやくスポンジケーキの分量が書かれてる記事を見つけたんだけど…丁寧に中国語で書かれているそれには、あたしの知りたい情報は載っていなかった。
否、見つけたけど解読不可能だった。
「もーこんな時に限って悟浄居ないんだもん。」
噂の悟浄はあたしが台所へ向かう途中、にっこり笑顔であたしの頭をポンポンっと叩いてちょっとそこまで出かけてくっから♪と言って出て行ってしまった。
そうするとケーキの分量と作り方を解読するのは…あたししかいない訳で…。
「このまま作って失敗したとしても、八戒は笑ってくれるだろうけど…」
でも…それじゃぁあたしが嫌だ。
いつも美味しいご飯を作ってもらって、時々ビックリさせるような事をしてあたしを喜ばしてくれて…あたしは八戒にいっぱい『嬉しい』を貰っている。
だから…今日くらいはあたしが少しでもいいから八戒を喜ばせてあげたい。
「…成せば成る!」
閉じていた本をもう一度開いて、そこに載っている写真と僅かに分かる漢字を頼りに材料を混ぜ合わせ祈りながらそれをオーブンへ入れた。
「…何これぇ!?」
見事なほどペシャリと潰れた…薄茶色の物体。
本来なら型を僅かに溢れるくらいに膨れ、触るとふわふわしているはずが…混ぜすぎたのか中の気泡は全く無く、言うならばレアチーズの断面のような物体を作ってしまった。
端っこをちょっとだけ摘んで口に入れると、味だけはスポンジケーキだけど食感と形は全然違う。
「こんなの八戒に渡せないよ!!」
がっくり両手を机について溜息をつく。
「やっぱり無難に何かプレゼント買えば良かったかなぁ…」
でもあたしがこっちの世界で自由に出来るお金なんてたかが知れてるし、八戒に言ったらその使い道聞かれちゃうよね。
かと言って悟浄にお金を借りたらあとで何を返せって言われるか分からないし…。
「そうするとやっぱり手作りの何か…になるよねぇ」
もう一度大きな溜息をつくと、さっき迄悪戦苦闘していたケーキのページがめくれあがり別のお菓子の写真が現れた。
それは・・・クレープシュゼットの写真。
「あー…これ美味しいよねぇ。オレンジがちょっと乗っててお酒をかけてフランベすると青白い光がすっごく綺麗で・・・」
現代のテレビか何かで見て凄く美味しそうって思って友達と何処かのレストランで食べたのを思い出す。
「クレープくらいだったらあたし1人でも…!!」
イイ事思いついた!!!
慌てて失敗作のケーキを端っこに避けて、今まで使っていた器具を洗って片付けると改めて棚から小麦粉、冷蔵庫から卵と牛乳とバターを取り出した。
「えっとあと…ケーキに飾るように買ってた苺と、生クリーム…っと。よし!何とかなるかな。」
大きめのボールとお皿を取り出してボールの中に卵と小麦粉を溶いて、生地がちょうどいい緩さになるよう牛乳で調節する。
少量の塩を入れて最後にバニラエッセンスで香り付けをする。
「さて…やりますか。」
腕まくりをしてフライパンにバターを入れてそこにさっき作った生地をお玉で一杯分入れる。
「…っとと、何だか久し振りだから難しいな。」
それでも何とか破けない様にお皿の上に出来たばかりのクレープ生地を乗せた。
「ふうっ…さて、この調子でどんどん焼いて行くぞ!」
何度も何度も同じ動作を繰り返し、ようやくクレープの生地がなくなった所で一息つく。
「ふうっ・・・さて、次はこれの間に生クリームと薄切りにしたイチゴを乗せて・・・」
普段ならスポンジケーキを上に乗せて回転させるケーキ台の上に出来上がったクレープ生地を乗せてその上に生クリームを塗る。
「・・・正しい作り方なんて知らないけど、見た目ぐらいはミルクレープになるかな。」
あたしが良くお店で食べるミルクレープ。
早い話がクレープの間にクリームが塗られて何層にも重なってるケーキ。
今の自分が出来るケーキって言うとこれくらいしか思いつかない。
間に挟むクリームは生クリームじゃなかったし、イチゴも入ってなかったと思うけど・・・一応誕生日ケーキだからこれくらいはいいよね。
次第に高くなるにつれ真ん中だけ盛り上がってしまったケーキを慌てて生クリームを間に挟んで高さを調節する。
少しでも、八戒が喜んでくれるようその気持ちだけを精一杯詰め込んで・・・ようやく出来たケーキは最初に作った潰れたスポンジケーキよりも断然美味しそうに見えた。
「うん!いい感じ♪」
やっぱり最後に粉砂糖をかけたのが良かったかな?
本当だったらお誕生日おめでとうって文字入れたい所だけど・・・それはまた次回って事で・・・。
棚からコップを取り出してその中に氷を入れる。
前もって作って冷やしておいたアイスティーを冷蔵庫から取り出し、ケーキを取り分ける為のお皿と一緒にトレイに乗せた。
借りていた八戒のエプロンを外して椅子にかけると、ゴムで縛っていた髪を解いて深呼吸をした。
「・・・さて、八戒呼んで来ようかな。」
扉をノックする前にもう一度深呼吸をする。
どうしよう・・・やっぱりやめようかな。
あんなの、八戒喜ばないかもしれないし・・・困った顔するかもしれない。
でも一生懸命作ったから・・・食べて、もらいたいな。
そんな想いが交錯して扉を叩くのを躊躇っていたら、ふと部屋の中からコツンコツンと言う音が聞こえた気がした。
「?」
まるで早く扉を叩いて・・・とでも言っているかのように・・・。
その音を聞いている内に今まで固まっていた右手が自然と上がり、中から聞こえる音と同じ様に軽く扉をノックした。
「はい。」
すぐに返って来る、その部屋の主の声。
「・・・八戒?」
ゆっくり足音があたしに向かって近づいてくる。
部屋の中からジープの鳴き声が聞こえる。
カチャリ・・・と言う小さな音を立てて、ジープを腕に抱いた八戒がいつもと同じ笑顔で部屋から出てきた。
「用事は終わりましたか?」
「うん、一応。それでね、ちょっと居間まで来てもらってもいいかな?」
ちょっと俯きながら、でも視線だけ八戒の様子を伺うように上げるとやっぱりさっきと変わらぬ笑顔で頷いてくれた。
そんな小さな事が嬉しくて、八戒の手を引きながら居間へ向かう。
八戒より先に居間に入って、前もって机に置いていたケーキのお皿を差し出す。
「ちょっと不恰好だけど・・・その、えっと・・・」
続きの言葉が出ない。
八戒に誕生日プレゼントvっていつものように明るく言えばいいのに・・・じっとケーキを見つめている八戒の表情からは何も読み取れなくて、嫌なのか呆れられてるのか・・・それすらも分からない。
自分が見られてるわけでもないのに凄く恥ずかしくて、思わずケーキを背中に隠してしまった。
「?」
「あ、あんまりじっと見ないで!その…色々下手だから・・・」
クレープは破れてるし、生クリームも溢れてるし、形も悪いし・・・。
そんな後悔ばかり先立つあたしの頭を八戒が優しく撫でてくれた。
「そんな事ありませんよ。凄く美味しそうです。」
「美味し・・・そう?」
「はい。宜しければ味見させてくれませんか?・・・あっ、でも皆揃って頂いた方がいいですか?」
手を伸ばしかけて引っ込めた八戒の前に今しか無いと思って再びケーキを差し出す。
「こっこれ!八戒のお誕生日ケーキなのっ!!」
「え?」
「お・・・お誕生日、おめでとう。」
終わりの方は聞こえないかもしれない位の小さな声、そしてその体勢はまるで賞状を受け取るように腰を90度に曲げて八戒にケーキを差し出したような格好・・・端から見ると凄く変な光景かもしれない。
でも、今絶対あたし顔真っ赤だから!
こんなヘンな顔、見られたくないからっ!!
自然と震えてくるケーキを持った手に八戒の手がそっと重ねられた。
どうすればいいのか分からなくなって、ゆっくり・・・本当にゆっくり顔を上げると、何て言えばいいか分からない程幸せそうな顔をした八戒がそこにいた。
「は・・・八戒?」
「ありがとうございます、。本当に嬉しいです。」
「でもこんな変な形だし、ケーキに見えないし、あちこち失敗してるし・・・味もどうだか分からないよ?」
八戒があまりにも綺麗な笑顔で笑ってくれるから、何だかあたしの方が恥ずかしくなってきて思わずしどろもどろおかしな事を言ってしまった。
それでも八戒の笑顔は変わらない。
「そんな事ありませんよ。が朝から一生懸命作ってくれた物じゃないですか。美味しいに決まっています。」
・・・そんなにはっきり言われたら、例え失敗してたとしても頷くしかないよ。
「えっとそれじゃぁ・・・お茶、持って来るね。」
「はい。」
・・・八戒?笑顔で笑ってるけど、ケーキのお皿を持ってる手離してくれないとお茶取りに行けないんだけど。
八戒がワザとやってるのかと思ってもう一度名前を呼んでみる。
「・・・八戒?」
「はい?」
それでも八戒はあたしの手を離そうとしない。
「お茶取りに行くから、手、離してもらってもいい?」
「・・・あぁすみません。あまりに嬉しくて忘れてました。」
手を離してくれたけどその笑顔は全然変わらない。
ただあたしの顔だけがどんどん赤みを増して熱を持っていくのが分かる。
「お茶取ってくる!!」
それを隠すようにケーキを机に置いて用意していたお茶を取りに台所へ駆け込む。
ドキドキ高鳴る胸を押さえながら、用意していたグラスにアイスティーを注ぐ。
あんなに幸せそうに笑ってくれるなんて思わなかった。
そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
今の自分に出来るのはあれくらいだけど、来年はキチンとロウソクが立てられるケーキを作りたいな。
勿論、八戒の為に・・・
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やはりこの方のお誕生日を祝わねばくちなしの夜ではないでしょう(笑)
と言う訳で八戒お誕生日おめでとうv・・・先走ってるけど(笑)
いやぁ20、21日と出掛けちゃうので、遅いよりは早い方がいいかなぁと思ってUPさせて頂きました。
ちなみに私はスポンジケーキが焼けない女です(笑)
クッキーも得体の知れない物体にしてしまう女です。(別名瓦せんべい(笑))
そんな訳で誰かの手伝い無しには普通のお菓子が作れません(大爆笑)
手作りの誕生日ケーキ(ミルクレープ)が嬉しくて、思わず手を離さない可愛い八戒がこのお話のメインです(笑)
ケーキを持っている手に八戒の手を重ねられたら・・・振り払う事なんて出来ないじゃないですか!!
※ちょっとしたオマケつき。
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